2003年生まれのTSUNAMIのパピーだった「ブランドン」が亡くなったと
お手紙が届きました。ブランドンはシスルの同胎です。
ブランドンにはお譲りした先での名前がちゃんとあるのですが
私個人の追悼文なので、私のところにいた名前で記したいと思います。

4歳という短い生涯でした。
でもとても愛されて育ててもらい、充実した4年間だったと確信しています。

ブランドンがリンパ腫だとオーナーさんから今年の一月に連絡を頂きました。
オーナーさん達は出来るだけのことはしてあげたいとおっしゃっていました。
ブランドン自身もたくさん頑張ったと思います。
オーナーさんたちも大変な思いや辛い思いをされながらも
充分してくださったと思います。

若年で発症してしまった悪性腫瘍は、一体誰のせいなのでしょう?!
その責任の所在は、確定も追及もできないでしょう。
でも私は自分に責任がある気がしてなりません。
ブランドンをこの世に生ませたのは他でもない「私」です。

オーナーさんは少しも私を責めようとはしません。
むしろ、私に感謝してくださるのです。
でも、、、。
私は、この世に産ませた責任の全うもできず、
ブランドンにもオーナーさんたちにも何の役にも立たず
情けない気持ちで、申し訳ない気持ちで心が締め付けられます。

それ以上に、家族の一員だったブランドンを失ったオーナーさんたちの
お気持ちを考えると、これから私はその方たちに何が出来るのだろうかと
事あるたびに考えています。

自分の繁殖した犬が亡くなったのは初めての経験です。
こんなにつらいものだとは思いませんでした。
オーナーさんはもっとおつらいのですから、私ばかりが
「つらい。悲しい。」
と、言って悲劇のヒロインをしているわけにはいきませんが・・・。


私は自分の繁殖犬をお譲りし、その子が生きているうちは
私とその子とそのオーナーさんの関係は続くものだと思っていました。
でもいろんな経験を経て、そうではないことも知りました。
そうならないようにいろんな防御をしても
欲深い人たちには無力だったことも学びました。

しかし、ブランドンのおかげでその命が無くなっても
関係は切れるものではないという事も学びました。
ゴールデンを愛するという互いの尊い気持ち。
そのことだけで、これからもオーナーさんとの関係は続くのですね。


2003年生まれのパピーたちは、私にとって始めてのブリーディングで
生まれた9頭です。
ブランドンは5番目に355gで生まれてきました。
このパピーたちの中で一番元気だったのはデビッドでした。
おもしろかったシスルは当時ウノという名前でした。
色が濃く目立っていたのはスティーブとウノ。
お腹がいつもへっていて男の子のおちんちんまでおっぱいと間違って
吸い付いていたあいこ。
美人で誰もの目を惹くななこ。
負けず劣らずな美人でしっかりモノだったゴクミ。
小さく生まれいつもおっぱいの一番出る乳首優先だったよしこ。
男の子なのに物静かで良い子だったディラン。
そして、心がしっかりしてて聞分けのよかったブランドン。

12月24日クリスマスイブの日に、エコーに写った赤ちゃんでした。
嬉しくてワクワクする気持ちで車に乗り込んだ帰路、
環八には雪がチラチラ舞っていたのを今も鮮明に覚えています。

その一ヵ月後の1月24日の夕方から生まれてきた9頭でした。
緑のリボンの子がブランドン。
27jan.jpg

奥にいる子がブランドン。手前がディビッド、右がウノ。
日光浴のためベランダに出したら、寒かったのか3頭で寄り添ってました。
29mar.jpg


私は忘れません。ブランドンのことを。
お譲りした全員のことを・・・。
生まれてきてすぐにお別れした子達のことを。
お腹の中でお別れした子達のことを・・・。

ブランドンのご冥福を心からお祈りしています。
虹の橋で皆と一緒に待っててね。
いつか、また会いましょう。
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