2012.08.21 49日命日
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今日は、ミニョンの四十九日命日
ちゃんと虹の橋のたもとに着いただろうか…
ちゃんとリンクとTSUNAMIに会えたのかしら…

ミニョンは亡くなる数日前からお水を飲んだ直後にそのお水を吐くようになっていました。
頻繁ではなかったため、少し気にはなったのですが
予定もあったためそれが終わったら病院に連れて行こうと考えていました。

食欲もあったし、元気もいつもと変わりなかったので
緊急性を感じなかったのです。

7月2日、午前中に出かける用事があったため
支度をしていたら、やはりお水を飲んでいたミニョンが
誤嚥っぽくなり、飲んだお水と一緒に朝ご飯も吐いてしまいました。

そこでも私は緊急性があるとは思えなくて
吐いた物を片づけながら
「急いでお水を飲もうとするから、そんなことになるのよ」
と、ミニョンに言ってしまい
そして、出かけてしまったのです。

昼過ぎに、家に戻った夫から電話があり
「ミニョンが吐いて苦しそうだから早く帰ってきて」
と、言われました。

すぐに家に戻り、そのままミニョンを車に乗せ世田谷の病院に連れて行ったのです。
お水の前に陣取り、飲んでは吐き、飲んでは吐きを繰り返していたミニョン。
疲れてしまってぐったりしているし、出かける前に見たミニョンとは全然違う様子でした。

世田谷までの道、渋滞していれば、2時間も3時間もかかる時があるのに
不思議なくらいすいていて1時間ちょっとで病院に。

車から抱っこをして病院に入り、抱っこをしたまま待合室で待っていると、
先に検査をしたいから、ミニョンをお預かりしますと言われ
ミニョンを看護師の方に引き渡しました。

それが、生きているミニョンとの最後になってしまうとは
考えもせず
早く診てもらって、早く治してほしくって、
「お願いします」
と、渡してしまったのです。

調べた診断結果は、心臓に腫瘍ができていて
その腫瘍が、気管と食道を圧迫・押し上げている状態だとのこと。
基本的に、心臓の腫瘍に関しては切除するなどの手術は行わないとのこと。
手術しても全部を取りきれないことが切除しない理由だそうです。
治療するとしたら、内科的治療か放射線になること。
部位と大きさを特定するために、MRIやCT検査が必要になること。
まずは、バリウムを飲んで食道の形を確かめたいとのことを先生がおっしゃり
体力もかなりなくなっているので、このまま入院をし
そして検査をするのが妥当との診断でした。

私はそのお話を納得し、ミニョンを入院させ、帰宅したのです。

病院を出る前に、ミニョンに会えばよかったと、今はものすごく
後悔していますが
病院は激混みで、スタッフの皆さんも先生方も忙しくされているので
たかが検査入院なのに別れを惜しむ飼い主はご迷惑かな?と
考えてしまい、「お願いします」とだけ言って会わずに病院を出てしまいました。

先生も
「今すぐ、どうなるということはないので」
と、おっしゃったし
私自身も、そんな風に思っていませんでした。

帰りの車の中で、夫と
「放射線治療などはしないことにしよう」
「ご飯などは食べられるように工夫して、水分はリンゲル液などをお注射で補給するようにしよう」
「ご飯も食べられず、苦しむようなら眠らせてあげよう」
と、話し合いながら帰宅しました。

翌日、先生からお電話をもらい
バリウムによる検査結果をきき、
さらなる検査をするために外部機関への予約が必要だとの話を聞き
それならば、今日でも明日でも良いのですぐに予約を取ってほしいとお願いしました。

そして昼過ぎに、予約がいつになったのか電話をかけると
バリウムかお水の誤嚥による肺炎が起こってしまったと聞かされました。

前日のレントゲンでは肺炎はありませんでした。

私は一瞬、プールで泳いでいて誤嚥したのかな?と思ったのですが
数日前に誤嚥したものを引きずって肺炎になることはないそうなのです。
だから、病院に着いてからのバリウムかお水によるものらしいのです。
腫瘍も時間とともに大きくなっていって、さらに食道と気管を押し上げてしまい
誤嚥が起きやすくなっていたのかもしれません。

腫瘍の治療よりもまずは肺炎を治すことが先決になったと聞かされ
ただただ「お願いします」というしかありませんでした。

私は、肺炎がそんなに急に命を奪うものだとは知らず
抗生剤を使えば、すぐに良くなるだろう…くらいに考えて…。

そして翌日7月4日は病院が休診の曜日でした。
ですが、最少人数のスタッフは出勤されるので
人がいなくなるということはありません。

朝から「ミニョンはどうしているかな?」と思っていました。
きっと連絡がまたあるだろうとも。

でも10時を過ぎても、10時半になっても連絡がありません。
毎日連絡があるとも限らないので、安定しているのだろう
連絡がないのは良いことに違いないと思っていました。
ですが、なんとなく気になって電話をしてみました。

「ミニョンはどうですか?」
「元気にしていますか?っていうのは変な聞き方ですが、大丈夫ですよね?」
と。

電話に出たスタッフの方は
「獣医師が現在診察中なので、折り返します」
というので
「今日は休診日だけど、急患で診察されているの?」
と聞き返すと、そうだとのこと…。
電話がかかってくるのを待つことに。

でも、全然かかってきません。

忙しいのかな?と思って、私も都合の良い風に考えて待ちました。

そしてやっとかかってきた電話!

院長からではなく、当番獣医師だと思われる方からで
「ミニョンちゃんが急変したのですが、病院にお越しいただけますか」
とのこと。その獣医師の口調からは危篤っていうより
急変っていったって、ちょっと病状が悪くなっただけで
もう手の施しようがないけれど、数日は寝たきりで生きているに違いない
と、勝手に考えてしまったのです。

夫に電話をして、病院に行けるかどうか聞くと
今すぐは無理だから夕方には追いかけるから先に行っていてとのこと。

私は先に一人で出発し運転していると、また電話が。
「どのくらいで着きますか?」
「というのも、現在心臓マッサージをしているのですが
これ以上やっても蘇生の見込みがないので、飼い主様から指示がいただきたいのですが」
とのこと。

「えっーーーー!なにそれ!!」

「っていうことは、意識はもうない状態なのですか?」
と、やっとの思いで言うと
「はい、先ほどさし上げたお電話の時点で、意識はもうありませんでした」
と。

ここで少し愚痴というか、素朴な思いです。

医療従事者たちは、「急変」とかで何を指しているのかわかるのでしょう。
伝える言葉や感情が、いかにも「急変」と表現していなくても
落ち着いた表情と口調で「急変」と言っても、それが何を意味するのかわかるのでしょう。

でも、一般の飼い主は
「あわてる様子」とか「切羽詰まった感情」とか
「一刻も争う」などの言葉・表現をしてくれなければ
死んじゃうぎりぎりなんて思わないのではないでしょうか?
私が勝手に「まだ大丈夫」と思ったのが一番悪いのでしょうけれど…。

また、こちらから電話して様子を聞いているのに、一時間30分以上も折り返さず
かかってきたときには「急変」=意識がない状態
っていうのは、少し納得がいかないのです。

ミニョンがおとなしいから、放っておかれたのでは?と勘ぐってしまいます。

ちゃんと看ていてくださったのかしらと、少し疑惑をもってしまいます。

どんなに急いで車を運転しても、もうミニョンは生きていません。
悲しくて、涙で前方が見えなくなっても
ミニョンをお迎えに行かなくては…と必死に運転しました。

病院に着いたら、ミニョンはもう冷たくなっていました。
院長先生は私の顔を見るなり
「申し訳ありませんでした。」と深々と頭を下げられました。

私は以前から「ミニョンの息遣いが荒くて心配」と
何度も獣医師に言っていました。
そのたびに、聴診していただき、何も問題がないと言われて安心していたのです。

亡くなるひと月ほど前にも、ミニョンは健康診断をしてもらっていました。
前足を痛そうにしていたので診てもらった時です。
その時も心臓の事をお話ししていたのです。
先生は
「あの時に、レントゲンを撮っていれば腫瘍があったことが分かっただろうに…」
「Hさんはあれだけ「心臓心臓」とおっしゃっていたのに…」
と、先生は自分を責めるようなことをおっしゃいました。
聴診では何も問題なかったので、レントゲンを提案しなくて通常は当然です。

でも、あの時に心臓に腫瘍があるとわかったら
プールで遊ばせるなんて、絶対にしなかっただろうし
毎日、腫れ物に触るかのように接し、安静にさせ、病人扱いで暮らしたと思うのです。
はたして、それがミニョンにとって良かったことなのか…。

私は、最後まで楽しいことをして
大好きなプール遊び、ゆっくりとしたお散歩、ほかの子達と過ごす時間を
満喫したミニョンでいいのだと思っています。

先生からお話を聞き、ですが、言いたいことも今はおさえて
お礼を言い、ミニョンと一緒におうちに帰りました。

その数日後、
パンダのシンシンの赤ちゃんが誤嚥性の肺炎で急死しました。
その報道を見ていると、ミニョンとまるで同じだな…と。
だから、肺炎で急に亡くなることがあるんだ…と納得した部分もありました。
病状、症状については納得していますが
対応については、少し違和感を覚えたままで今もいます。

泣かないで、その違和感を伝えられるくらいになったら
いつか先生たちにはそのことをお話しできたらと思っています。
それは病院や先生たちのために…。
長年かかりつけにしている病院ですし、大好きな病院です。
これまでもたくさんのコミュニケーションを取ってきたと思っています。
もっと良い病院になってほしいし、わかってくださると思うから…。

昨年TSUNAMIを亡くし、今年はミニョンとのお別れ。
私にとって、とてもとても悲しくてつらくて寂しい出来事でした。
あんな風に言わなければよかった、
あの時、お出かけしなければよかった、
入院させなければよかった、
病院を出る前に会えばよかった、
生きているミニョンに「ありがとう」と言えなくて
後悔ばかりが残っています。

49日を迎え、
お骨の前でそっと「ミニョン」と呼びかけてみましたが
すぐに涙があふれてきて、まだまだダメですね…。

でもたくさんのお花を頂戴し、優しい言葉をかけてくださった皆様に
心から深く厚く感謝いたします。
ありがとうございました。


[プールで楽しい時間を過ごすミニョン]
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[私が撮った最後のミニョン]
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[13歳で最後になってしまった誕生日]
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